<高麗青磁に見える第4の道>
はじめて韓国に行って一番すごいと思ったのが高麗青磁だった。帰ってきて調べてみると、こういった感想は自分に限らずむしろ一般的なものらしい。高麗青磁の独特の美しさ、オリジナル性は朝鮮文化史上最大級の評価をうけている。2004年、国立中央博物館ではじめて良品の実物をまとめて観る機会を得たわけだが、身体に悪寒が走り目頭が熱くなるほどの感動をうけた。この種の生理的なレベルでの芸術体験はティッツアーノ、ティントレット、ベラスケス、マネ等の「ペインタリー」ないわば絵画芸術の王道にも匹敵する種類のもので、自分でも驚いてしまった。一方高麗青磁以後の大胆な筆法を用いたものや、有名な李朝白磁では、それなりに良いと思いながらも同様の感動は襲ってこなかった。というよりもまったく別種の(良い悪いではなく)存在として認識させられた。それはいったいなんなのか?何か大きな秘密があるのか?それとも一人のあさはかな日本人の思い過ごしにすぎないのか?というのがこの文章のテーマである。
高麗青磁は9〜10世紀ごろ生まれ、11〜13世紀洗練、絶頂を迎えた後13世紀以降の蒙古の圧迫、支配の中でしだいに衰退して行った(それにしても11〜12世紀というのは世界中でその民族最高級の造形が生まれているのには驚かされる。そうして蒙古の膨張も時を同じくし、その多くを破壊したのも蒙古であることに驚く)。普通高麗青磁の優れているポイントとして形状(特に水注、梅瓶など)、色彩(中国の秘色に対する翡色)、象嵌技法の3つがあげられる(その他細工彫刻も評価される)。それぞれ中国では見られない、もしくは凌駕するすぐれてオリジナルに発展してきた要素である。しかしこの文章ではこれら個々の起原、発展の精細な記述を目的とはしない。このすぐれてオリジナルな三つのポイントはあくまで一種の表面要素である。問題はこれらのポイントがどのように機能し、どのように融合し、どのような表現の質に到っているか、さらにそれは他の陶磁器や工芸、造形表現一般に対しどういう特質すべき問題を生み出しているのか、そういう問いかけにあると考える。
高麗青磁、とくに象嵌青磁(青磁や白磁に象嵌をほどこすというのは朝鮮のオリジナルだと言われる)の美は、いわゆる今日的な意味での「工芸」を越えている。よく「李朝の庶民性、高麗青磁の貴族性」と対比されるが問題はそれほど単純ではないと思える。それは職人が作る実用品の美でも、中国風の宮廷文化のもったいぶった、威圧的、宝物的な美でも、昨今の人間国宝的な美でもない。もちろん宗教美術でも書画のたぐいでもない。形状こそなんらかの実用性を担っているが、その表出する質はかぎりなく「アート」・「芸術」に近いように思える。しかもいわゆる今日の「アート」や「芸術」概念と違って、大量ではないとしても複数生産され、なにげない「民芸的」味わいをも合わせ持つ。一点ものでも大量生産でもない。風流の趣味人的な気取り、わざとらしさ、あいまいさとは縁が無い。精神的で、深く、官能的で嫌味でない。素朴な手作業のゆらぎがありながら、通俗性、土着性、あるいは「かるみ」に落ち入ることは無く、どこまでも誠実に作られている。人間的でありながら人間が造り出したものに見えない。こういう魅力は奇蹟的ですらある。ひとつには時代や技法的ないくつかの要素が複合的に作用しているに違い無い。今日再現されて売られる伝統工芸品としての青磁にはやはり本物の持つ、やわらかさ、ゆらぎ、さりげなさが無く、高雅な深い精神性も無い。おそらく「伝統工芸」や「芸術」という近代的意識ではここに到れないのだ。それは宗教ではないが宗教的な精神性が必要で、生活と芸術と宗教が分離せずに「美」の中に融合的に結実するのが普通のことだった時代の為せる技かも知れない。それは今日で言う「工芸、民芸」、「美術」、「宗教」いずれでもない第4の「何か」を指し示しているのではないだろうか?
高麗象嵌青磁のすぐれている点としてまずその自立性が指摘できる。フォルムと装飾が一体化し一つの質になっている。器である以前に一つの完全な存在、彫刻のようにも見える。それでいて作り込まれた宝物的な人為性が稀薄で、どこまでも、そっと、さりげなく、周囲と呼吸を通じそこに息づいていると言った趣だ。おそらくそれはこの独特の「翡色・ひしょく」および「象嵌技法」からきているのだろう。「翡色・ひしょく」は、唐三彩をはじめとする漢民族的な極彩色や当時の庶民の陶器、その後に生まれる李朝の白磁などのちょうど中間に位置する様に感じる。豪華絢爛の世界、質実で堅実な清貧の世界、ちょうどその中間にポッカリと開いた中空世界、有でもなく無でもない世界を指し示している。それこそまさに良い意味での「貴族」的空間であるとも言えよう。「翡色・ひしょく」はだから俗でもなく、脱俗でもないなんとも言えない特殊なイリュージョンを持った色であると言える。そして大切なのは当時の高麗人がこの色を自覚的に好み、極めようとして行ったことである。この世でもあの世でもない、俗でも脱俗でもないとは言ってみれば、容器でも宝物でもない「美」そのものの世界を指し示すメタファーとも感じられる。
高麗象嵌青磁はこの自立したフォルムと「翡色・ひしょく」の緊密な表面を、無邪気な装飾や描彩の違和感で壊すことを嫌った。描彩の筆法はどうしても陶磁器が本来有している属性とは別のものであり違和感がおこる。陶磁器の属性とは粘土を手、ろくろ、ヘラなどで練り上げ成形する一連の過程そのものであり、そこに由来するところの独特な形状、表面のことである。一方描彩は本来筆を使用し、支持体も平らなものである。さらに抽象的模様、装飾(しかもべた塗で)ぐらいならまだしも、筆さばきを生かしたり、何かの具体的な絵を描くとなるとさらに複雑な亀裂が生まれる。元来陶磁器に描彩をする意義は、絵、筆さばき、身体性、即興性、絵画的イリュージョンという本来的に陶磁器とは異質なもののドッキングで生じる飛躍、違和感を楽しむためではないだろうか?高麗象嵌青磁の完全な一体感を眼にしてしまうと、一般の描彩がほどこされた陶磁器が少々奇異に見えてきてしかたがない。それらは時に「艶やか」で「粋」で「風流」な趣きを生み出しているが、だからといって「小粋な良い器」、「綺麗な模様」、といった次元に留まるものがほとんどだ。
象嵌は表面を浅く削って別な色の土を入れて行われるので、同一表面上に、しかも土でほどこされる。また筆ではなくヘラかなにかで削られるので粘土成形の属性に殉じていると言える。そのため表面の分裂や作法の分裂は生まれない。よりフォルムに密着した形で模様や絵が施されうる。また筆と違い、即興的な身体性とも無関係である。削って生まれる絵は、ある程度制約が多く、時間もかかるので、シャープでありながら「ゆらぎ」を持ち、着実で素朴な持ち味がのこる。
このような作法とその効果は、晩年の画家マティスが絵筆のかわりに、はさみと色紙(あるいは自分で着色した紙)を用いたことを思い出さずにはおかない。マティスはそうすることで色面とフォルムの表面としての独特な一体感を実現した。芸術の死を宣言し大量生産品をレディメイドとして作品にしたマルセル・ディシャンが、なぜか画家マティスだけを終生愛し続けていたという逸話は大変興味深い。マティスの絵も高麗象嵌青磁と同様に「美そのもの」の中間空間に入り込むことに成功し、したがってジャンルとしての工芸でも美術でも宗教でもない何か・脱ジャンル的、汎芸術的とでも言えるような「第4の道」を実際的に独り歩み続けていたからではないのだろうか?