青野文昭(1968〜)の制作は、国道沿いの空き地や東北地方の砂浜などから、捨てられた物を拾ってくるところから始まる。収拾された物は、錆びたり、つぶれたり、朽ちて一部分しか残っていないことが多い。それを全く元通りに直すのであれば、単なるフェイクでしかないが、拾った物の「固有性」を重視しながら直していくのが、青野の特徴である。すると、その物体があたかも自分で失われた部分を再生したかのような、しかしどこかでボタンの掛け違いがおこり、結果的に今まで見たこともない奇妙な物体へと変わっていく。

 青野がこの方法を始めたのは宮城教育大学大学院を修了してからのことで、約5年近く続けられている。在学中は油彩を描いていたが、作者が100%介入することでなされる造形という考えに懐疑があったらしい。
捨てられた物は、作者とは全く無縁の存在だ。それを、それぞれの物に則して作り直していく(作者はこれを敢えて「修復」と呼び、既存の修復という言葉との齟齬感を楽しんでいるかのようだ)ことで、いわゆる芸術作品における造形性の問題や、作者の意図というものから解放されるのではないか。作者の狙いはこの点にあると言えよう。

 古い物、壊れている物が好んで選ばれているのは、そちらの方が、作者とは別の時間と空間をたっぷり吸収しているからであり、右に述べた点がより明確になるからである。拾った部分は汚れていて、時には不快を感ずることもあるくらいだが、これも「なるべく」美術とは遠いところから始めようとする作者の姿勢の現れととるべきだろう。

 この点に、逆に作者の意図が感じられることも事実である。しかしそれがあまり強く表面化してこないのは、作品に生じた奇妙さがそれを相殺しているからに違いない。 「有縁ー無縁 井戸浜1999.9.19」撮影:佐藤英


 今回の展覧会は作者の個展としては最大のもの。上に述べてきた「修復」をテーマとする平面、立体あわせて37点が展示されたが、展示室の広さから考えるとやや窮屈さを感じる部分もあった。

 青野の作品は、いろいろなものを連想させる。たとえばアンドレイ・タルコフスキーのSF映画「惑星ソラリス」に出てくる、物質化したイメージ。惑星調査のために送り込まれた心理学者ケルビンの前に、10年前に死んだ妻ハリーが現れる。だがそれは、ソラリスのコロイド状の海が、ケルビンの記憶の一部を取り出して物質化したものだった。本物のハリーでないのは勿論、人間という生命体でもなく、物質を借りた記憶でしかない。服の背中の紐を解いても、服自体が割れていないために、結局ハサミで切らなければならなかったように、外見はそっくりでも本質的なところが全く食い違っている奇妙な不気味さがここにはあった。それは、体のどこかの細胞を培養することで、クローンを作る話とも似ている。もし人間でそれが成功したとして、目の前に現れた自分のコピーは瓜二つだろうが、多分どこかが決定的に違っているに違いないのである。

 これとは別に、拾ってきた部分から半ば強引に新しい形をつなげていく過程は、一種のアジア的な増殖感覚につながる小気味よさを感じる。香港にあった九龍城は、住人が電気や水道などの生命線をだましだまし伸ばしては、勝手に増築を繰り返した結果だ。たとえば宮本隆司の写真などは、アナーキーな場所での人間の強烈なエネルギーとともに、有る種の秩序も見せ、無秩序が生む様々な豊饒さを知らせてくれる。

 青野は近年、特に立体を多く制作するようになってきたが、立体作品ではこれらの点がより顕著に現れるからではなかろうか。

 今回の出品作の一つである図版の作品は、もともと古い電気釜だが、その目的が剥奪されたまま「修復」された結果、長細いヘルメットに直接歯がついたような不気味なオブジェとなった。以前、取っ手がついていた箇所は錆に縁取られている。細長い頭を形成している途中、それも属性の一つとして幾度か自己模倣され、もとの意味を超えた、あいまいな反復へと至っている。他の点状の錆にも言えるが、そこにはユーモアと不気味さと小気味よさとが共存している。

 作者は以前「美術はないが全てが満ちている、という生理的直感を大切にしたい」と言っている。自然が勝手に作り上げた豊かさは、人間の行う造形などとは比べ物にならない位大きい。その豊饒さを目の前に、美術家として何ができるかを模索する作者は、両者の間に生理的直感をもって割って入り、半ば強引につなげることで、造形的ならざる造形の正当性を探っているのである。 


                                         和田浩一 宮城県美術館学芸員    (『てんぴょう』5号掲載)


■ 青野 文昭 展
2000年5月31日〜7月23日
リアス・アーク美術館
宮城県気仙沼市字赤岩牧沢138−5
@ 0226−24−1611