《7年前に破棄された八木山越路神社・鳥居の復元 2000.6.12 》


 私は今までで、各地で拾った断片を復元する作業を続けてきているのだが、今回は近所 にある破棄された神社をなおすいとなみにおいて時間や記憶、土地やイメージの連なりか ら、リアルさというものを改めて考えようと思っている。                
この仙台市八木山本町にあった越路神社は、私自身幼少の頃から親しんできた山の中の 神社だった。それが突然この神社のご神体を遠くの別な神社に合祀することになり、この 場自体が破棄され、バラ線で囲まれ私有地として立入禁止になった。破棄された境内には 鳥居や石だたみが壊され捨てられ放置されていた。2000年6月12日にここへ進入し、 いくつかの断片(鳥居等)を収集し、もともとの姿に復元しようと試みた。時がたってい て鳥居の断片も風化しており、変形した様子をそのまま尊重して復元した。鳥居他、その 鳥居の芯(丸太にとたんが覆ってある)になっている木の柱、他も変形した形に添う形で 復元する。(その他12年前の、もともとの神社の写真、破棄後の近年の写真等も同時に 展示予定。)  そもそも鳥居自体、フィクショナルな記号的側面があるが、その土地自体を投機の対象 と見るのも一つのフィクションである。そして、神社の霊を移しかえ鳥居を捨て、神域そ のものを無にしてしまう行為は、それに輪をかけて、滑稽である。しかし、破棄された鳥 居の断片は、私の少年時代の記憶とともに確かにある。それを抽象的な画廊空間に復元す ることで、固有な実体物とそこにこびりついた、時間、記憶、フィクショナル性と象徴イ メージがきわどく同時に生起することを期待している。それは、実際のところ、画廊空間 の中で一つの彫刻として存在し、同時に神域の記号でもあり、本当に存在した越路神社の 鳥居そのものでもある。